嫌われじいさんと捨て猫チビ

猫嫌いのじいさんが飼い猫と戯れる日常と読んできた本の感想たまに。

2018-12-01から1ヶ月間の記事一覧

2019年元旦

おめでとうございます 捨て猫チビです。 まだ、出番でありませんが、お見知り置きください。

マスターとママ・・・

店のマスターとママ、すなわち私の叔母と叔父にあたる。叔母が母の末の妹であり、その嫁ぎ先の旦那が叔父さんです。 子供が三人、長男、その下に娘が二人、いわゆる私とは従姉妹にあたる。 母屋には叔父の親夫婦が陣取っている。勿論私とは赤の他人。だから…

長野の思い出・・・

母の実家が、塩尻と松本の間の村井?かな神戸(ごうど)?忘れました。調べればわかると思いますが、今は探す意味もない、家自体無くなっているし、誰も居なくなっていた。 母方の祖父母に長男、長女のわが母、二女、三女、次男、四女、次男、だったと思いま…

雑魚寝・・・ 

冬の信州は寒い。 店が終わるのは比較的早い、十二時過ぎると流石に商店街も店じまい、人もまばら、我らの店もその頃店仕舞い。 母屋の二階の一部屋が、我ら四人の寝室に充てられていた。 夏の間は隣の部屋が、私一人の部屋になって居た。 冬の時期だけ、四…

気の合うお客・・・

酒を扱う商売、どうしても飲むのが、売り上げに奉仕することになります。 もう五十年以上前の話。時効もとっくの昔、今更、当時はまだ十代、飲まざるを得ませんでした。それが仕事だから。それに元々酒おもにビールが好きだったから。 売り上げのコツは、こ…

お客のいろいろ・・・

相変わらず私はカウンターの片隅で、レコードのお守り。 あの頃と言えば、西田佐知子の”アカシヤの雨が止むとき”?”コーヒールンバ”それに石原裕次郎の”赤いハンカチ”等が、異常なくらい流行っていた。 店がオープンする前から、それらは常に流れていた。私…

私の失敗談・・・

私の仕事と言えば、カウンターの端でレコードの盤の交換、当時はいちいちレコード盤を取り換える必要だった。 レコード盤には、LP盤、と、名前忘れた、小型盤があり、小型盤のほう所謂シングル盤一曲しか入っていないので、ひっきりなしに盤を変える必要があ…

ホステス達のエピソウドー・・・

ある夏の日、夏と言っても、信州の夏は過ごし易い避暑地ばりに涼しい。 私の実家のある名古屋に比べれば、天国と地獄、勿論名古屋が地獄。 名古屋に住んだことがある人でしか分からない、強烈な暑さと蒸し暑さは、どうしようもない、夜になっても、大して温…

田舎にて・・・

田舎は田舎で、空気は澄んでいて気持ちいいものです。 茅野からは、白樺湖、蓼科湖、八ヶ岳、等観光地が目白押し、何処へ行くにも便利で、学生時代にも、白樺湖にはキャンプに来たものです。 テントを張らなくても、ニ三人が泊まれる、小さな小屋風バンガロ…

見習いの仕事・・・

勿論本物のバーテンは居。素直に女にもてそうな二枚目。 話によると、最年長のホステスと出来ているそうです。何が出来ているのか?当時の私にはまるっき分かりませんでした。今ではわかります。当然! 私の仕事と言えば、グラス磨き、それにガム作り、ガム…

田舎町の小さなバー・・・

小さな町ですが、一応観光地への入り口。 結構賑わっている印象。私が務める小さの通リは、百メートル足らずの間に、確か覚えているだけでも、七軒の飲み屋が連なっていました。 私の勤めるバー、どう考えてもバー、女の従業員、いわゆる女給、またの名はホ…

東京を離れて・・・

東京から、実家とは反対?方面行の汽車?電車?に乗って、中央線に乗って向かったのは長野方面、茅野市上諏訪の一駅手前、其の頃は茅野駅は、夏は避暑、キャンプ、山登りに、冬は冬でスキーにスケート、冬山登山など、常に賑わっていた。 が、最近、群馬の温…

さようならチャチャ

ある日の朝、家の中がなぜかいつもと違って、変な雰囲気に胸騒ぎを覚え目を覚ました。 娘が涙声で、「チャチャが死んだ」 私は息をのみ込んで、言葉もなかった。一瞬何が起こったのかも分からなかった。 仕事をしていても手に付かず、失敗ばかり、その日は半…

決着・・・

今思えば、彼(孫の父親)とは、殆ど口を訊いたことがなかったと思う。 同居しているときも、子供の面倒は私任せで、パチンコに精出していたようです。 私がとやかくゆう事もないので、素知らぬ立場を貫いた。 娘と孫が彼と別居して半年たっても結論が付かな…

それから・・・

それでも、孫の面倒を見てくれとの電話が、引きりなく、其の度二つ返事で迎えに。 それもまた私の楽しみになってしまった。 孫も嬉々として這って来て、抱っこをせがむ、それがまた可愛い。 そしてある日、娘と孫が手荷物いっぱいで。 当分アパートには帰ら…

孫の親・・・

孫の親について一言、母親が私の二女、親爺は勿論赤の他人。 余り身内の事はあからさまに、公 表したくはないし、これを読んでいたら好い気はしないだろう。 娘の事はさて置き、むこどの婿殿について一言。 孫が生まれ暫らくは同居することになったのだが、…

猫の気づかい・・・

猫の生態は何お知らない私。 黙って孫とチャチャとを観察していて、不思議を感じました。 殆ど身動きできない0歳児と、すばしっこい身のこなしの出来る猫が、数センチの間をおいて、対峙する生物のを、もうすこし離れた場所から、物珍しそうに眺めている私…

気まぐれじいさんと孫娘・・・

私にとっての初孫。 それはそれは、こんなに夢中になるは、自分でも思っても居ませんでした。 東北のほうのじいさんが歌っている、”孫”とゆう歌の歌詞そもの。 元々子供があまり好きなほうで無かったので、現物を見るまでは,鬱陶しく思えていたのだった。 …

孫と猫・・・

チャチャもトラも施術済。 お互いの縄張り争いがない日は無かったが、其の内、飽きたのか、慣れたのか、じゃれ合うことも在った。 チャチャは相変わらずスキを見つけることに専念、トラは脱走することに、興味を示さなかった。野良時代散々娑婆を渡り歩いて…

野良猫トラ・・・

いつの間にか、私の知らない内にもう一匹、猫が増えていた。私の許可もなく。 家人の話では、長女の旦那が絡んでいたとの事。 彼は中央卸市場に勤めていた。仕事内容は知らないが、朝はとても早いらしい、聞けば早朝二時か、三時には出社するらしい。 話によ…

チャチャ再登場・・・

久々にチャチヤの思い出。 相変わらず脱走の思いに勤しんで、スキさえあればと我々飼い主のスキを伺っています。だから我が家では、家中の窓、ベランダのガラス戸は勿論、玄関は常に鍵を掛けるのが、常識ではなく、義務になつていました。それが住人には可成…

さらば東京・・・

1964年夏季東京オリンピックは、私が東京に来る何年も前に決まっていた。 10月10日が開会式、10月24日が閉会式。 余り興味もなかったし、其れで無くても東京の雑踏にも、人の多さにも霹靂していたし、それ以上に寮で同部屋の先輩との愛想の悪さ…

東京のいとこ・・・その2

このいとこ可成り悪、ある休みの日遊びに来いとの事、錦糸町まで出かけた。 彼の子分らしき人物と三人、喫茶店でコーヒを飲みながら、何かの打ち合わせ。 パチンコに行くらしい、子分らしい人は、どうもパチンコ店の従業員らしい、その彼が務めている店に行…

東京のいとこ・・・

私のいとこは可成り多いい、一度寝床の中で、指折り数えてみましたが、途中でこんがらがって、三十過ぎたころには寝入ってしまう。 東京にいるいとこは,私より七つほど上で、妻帯者でした。 たまに食事なんか馳走してもらったりしました。でもかなりの曲者…

五十円の定食・・・

東京で驚いたこと。 月末、懐が乏しくなって、一膳めし屋に入ってメニーの定食に、五十円の項目。 五十円?ビックリ!試しに頼んでみた。 テーブルに届いたどんぶり飯、みそしる、たくわん二切れ、これで五十円。 乏しい懐には十分腹は満足出来るくらい。 東…

タバコについて・・・

タバコを吸い始めたきっかけは覚えていませんが、どっちにしても碌なことだろう。 タバコについて碌な思い出は無い。 中学生の頃、友達の単車に無免許で、他人の塀をぶち破った時、初めて警察のお世話になったことがありました。 母親につれられ、家庭裁判所…

東京での生活はじめ

東京での生活が始まりました。 寮は、山手線の後楽園駅から、うろ覚えで間違っていたら御免、確か東大の植物園だとおもった、小石川とも?その近く。静かなところでした。 四畳か六畳の部屋で、二人部屋でした。贅沢は言えません。 最低限の荷物しかなく、寝…

若き日の東京生活・・・

東京の話が出たついでに、若き日の東京生活について、暫らく付き合ってください。 地元の印刷会社を半年足らずで退社、東京にいる知り合いを頼って、取り合えず上京、 暫らく彼のアパートで居候生活。 そんなに長く居候するわけにもいかず、早々に仕事探し。…

ネオンの光・・・

当時私の仕事はネオン管を作る一応職人、この仕事については、後々詳しく話す機会もあると思います。 ネオン管は見えません。造形物のパネルに、凹凸やら窪みをつけたり、その隙間を利用して色んな色の光で(文字で説明するには、無理です。勝手に想像してく…

いよいよ本番・・・

弁当の味もそこそこに、あとで妻に聞いたところ、可成り高級そうな味だったらしい。 持つとゆっくり味わえば良かったが、本番前損な余裕など無かった。 緊張して半分も食べていなかった。もう本番は始まっていた。が、私達出演者たちは控室で、ワイヤレスマ…